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東京地方裁判所 平成9年(刑わ)445号 判決 1998年4月16日

主文

被告人を懲役一年八か月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を刑に算入する。

理由

(認定事実)

被告人は、千葉県柏市戸張一三一六番地六に本店を置き、広告の企画、立案、制作等の事業を行う株式会社総合企画の代表取締役であるが、取引先の広告代理店である株式会社新橋通信から広告下請代金名下に金員を騙し取ろうと考え、真実は、広告主もなく、広告主から広告代金が支払われる当てもないのに、これがあるように装い、平成五年四月ころ、東京都港区新橋五丁目七番一号にある久松ビル三階の同社事務所等において、同社代表取締役山口利明に対し、佐川急便株式会社の架空の下請会社である「株式会社助人運輸管理」の売上記録等の内部資料を見せながら、「佐川急便の子会社で人材斡旋をしている助人運輸という会社の折込広告の話がある。総合企画では資金が足りないので、新橋通信にマージンを一〇パーセント払うから、資金を立て替えてほしい。この仕事は、佐川本社管理部長の紹介で取れたもの。助人運輸が幹事になって、佐川急便の子会社何社かの仕事をまとめて出す。」などと虚を言い、別紙犯罪事実一覧表欺罔年月日欄記載のとおり、平成六年七月二二日ころから同年一〇月二七日ころまでの間、前後七回にわたり、新橋通信事務所において、同一覧表欺罔行為欄記載のとおり、「成田佐川航空株式会社」等が折込広告を新橋通信に依頼する旨の架空の企画書をその都度示して、折込広告下請代金の支払を請求し、山口をして、真に広告主が存在し、被告人に折込広告下請代金を支払えば、後日広告主から広告代金が支払われるものと誤信させ、よって、同一覧表騙取年月日欄記載のとおり、前後一四回にわたり、同社事務所において、山口から、同一覧表騙取小切手額面欄記載のとおり、同社振り出しにかかる小切手合計一四通(額面合計五〇七一万七二〇〇円)の交付を受けて、これらを騙し取った。

(証拠)省略

(補足説明)

一  被告人は、株式会社新橋通信の代表取締役である山口利明に対し、別紙犯罪事実一覧表欺罔行為欄に記載した人員募集や引っ越し営業の折込広告を行う旨の内容虚偽の企画書を交付したこと、右企画書に基づき、折込広告下請代金の名目で、同一覧表騙取小切手額面欄に記載されたとおり同社振り出しの小切手を、同騙取年月日欄記載の日に受け取ったことは認めるものの、山口との間では、山口が資金を提供し、被告人がその資金を他に融資して、一定期間後に利益を上乗せして返済する旨の合意ができており、ただ、同社は金融業を営めないため、対外的には、折込広告の下請代金という形式を取ったに過ぎないのであるから、被告人には山口を騙すつもりはなく、本件で問題になっている小切手分については、山口が、被告人の同社に対する債権を返済しないことから、被告人の債権が回収できるまで、同社への返済を停止したにすぎないと供述する。

弁護人も、被告人の供述に依拠し、被告人には、欺罔行為も詐欺の故意も認められず、また、不法領得の意思もないのであるから、無罪であると主張する。

そこで、以下に裁判所の判断を補足して説明する。

二  関係者の供述の要旨

1  山口は、被告人から企画書を交付され、小切手を渡すようになった経緯、本件後の被告人との交渉状況等について、要旨、以下のとおり供述する。

(1) 被告人とは、昭和五七年ころ、知人から折込広告のプロとして紹介され、知り合った。被告人との折込広告に関する取引は、他の業者よりも手数料収入が多く、また、被告人の仕事の仕方は、その都度報告をするという丁寧なもので、折込広告の効果的な配布方法も熟知してきめ細かなアドバイスをしてくれており、山口も被告人を折込広告のプロとして信頼していた。

なお、被告人との間では、昭和六二年四月ころから平成三年一〇月ころまでの間、被告人が持ち込んだ手形を新橋通信の取引銀行に持ち込み、割り引いたことがある。この手形割引は、実質的には融通手形による融資であるが、融通手形の取引は対外的信用をなくすので、被告人や手形の振出先との間で取引があるような形を作り、新橋通信から請求書等を発行して行っていた。

(2) 山口は、平成五年四月ころ、被告人から、佐川急便の子会社で、佐川急便に人材派遣をしている助人運輸管理という会社(以下、単に「助人」というときには、助人運輸管理を指す。)の折込広告の話があるが、総合企画では資金が足りないため、新橋通信にマージンを一〇パーセント払うから、資金を立て替えて出してほしいと依頼され、助人の内部資料と思われる平成五年一月から三月までの売上記録を見せてもらった。被告人の説明では、助人から新橋通信が折込広告の依頼を受け、さらにそれを総合企画が下請けする、折込広告を配布した場合に販売店から出される配布証明は被告人が助人に持参するが、広告代金については、新橋通信が助人に請求書を発行し、助人から翌月末に新橋通信の銀行口座に振り込まれる、手数料のうち、一〇パーセントを新橋通信が、残りを総合企画が受け取るということであった。山口は、実際に、佐川急便の関連会社である助人運輸管理から折込広告の依頼を受け、後日、広告主である助人から広告代金の支払を受けられるものと信じ、同年六月九日ころから、被告人が持参した企画書に基づき、被告人に対し、折込広告の下請代金として、新橋通信振り出しの小切手を交付するようになった。

(3) その後、広告主は助人の他、東日本運輸、東海運輸、いわき貨物自動車、成田佐川航空、佐川自動車などに増えた。山口は、被告人が企画書を持参して折込広告下請代金を請求するたびに、新橋通信振り出しの小切手を被告人に交付し、広告代金は、各広告主名義で新橋通信の銀行口座に振り込まれていた。

(4) しかし、平成六年一〇月末日に振り込まれるはずの同年七月二〇日付けの企画書に基づく広告代金は、広告主である成田佐川航空から振り込まれなかった。被告人の説明では、折込広告の実施が一日ずれたため、成田佐川航空側が値引き等を主張し、その問題がはっきりするまでは振り込まないと言っているとのことであり、佐川急便の能瀬管理部長と助人の佐藤社長が、成田佐川航空まで行って交渉してくれるとのことであった。しかし、同年八月分の企画書に基づく広告代金の振込入金もなかったため、資金繰りの問題もあり、山口は、しばらく新たな契約を控えることにした。結局、平成六年七月二〇日付け、同年八月一〇日付け、同月二二日付け、同年九月一三日付け、同年一〇月七日付け、同月一四日付け、同月二七日付けの各企画書に基づく広告代金については、山口が被告人に対し、折込広告下請代金として新橋通信振り出しの小切手合計一四通(額面合計五〇七一万七二〇〇円)を交付しているにもかかわらず、広告主からの振込入金はなかった。

(5) 山口は、被告人に対し、早く広告主に広告代金を支払ってもらうよう交渉を依頼したが、被告人からは、助人の佐藤社長が成田佐川航空と交渉したところ、成田佐川航空が約束手形を振り出したが、被告人において、現金でなければ受け取れないとして断ってきたとの説明を受けた。また、被告人は、同年一一月ころから、佐川急便の子会社群の売上げが非常に悪いので大分厳しい状況だと言うようになり、一一月末日の入金がないことを話したところ、助人の佐藤社長に話をしに行くと言っていたが、結局、一二月に助人に行ったところ、佐藤社長は解任されており、新社長と交渉したが払ってもらえなかったということであった。

(6) その後、平成七年一月ころには、被告人から、佐川急便の能瀬管理部長が本社に掛け合って何とか払うめどがついたが、子会社群の経営状況がよくないため分割払いになる可能があるとの報告を受けた。しかし、話は進展せず、その後、被告人が以前から依頼している本多清二弁護士に佐川側との和解調停を依頼するとの報告を受けた。しばらくして、被告人から、本多弁護士が交渉した結果、新橋通信の広告主に対する請求額六一八〇万円のうち、端数を切り落とした六〇〇〇万円から一割を減じた五四〇〇万円であれば佐川側が支払う用意があるとの報告を受け、これを了承したところ、手形の振り出し先を佐川本体にするか子会社にするかで交渉が難航し、佐川側が東京地裁に五四〇〇万円の一割である五四〇万円を供託したとの報告を受けた。さらに、同年一一月ころには、被告人から、本多弁護士が強制執行の申立をしたため、佐川側は四八六万円の国債を供託したとの報告を受け、平成八年一月ころからは、被告人から、佐川急便本社の弁護士と本多弁護士の交渉が始まり、その交渉で、佐川急便本社が助人の佐藤社長を特別背任で告訴するので、その捜査に協力してくれれば手形の期間を短くし、佐川本体の手形を出すということになったので、被告人も京都地検で佐藤の犯罪の証人として取調べを受けているとの報告を受けた。

(7) 山口は、同年六月ころから、騙されているのではないかと感じ始め、知人であり、佐川急便にも詳しい新野哲也に相談し、同月二二日に、新野とともに被告人と会って話をした。被告人から経過の説明を受けた新野は、被告人が嘘をついていると感じたことから、山口に萱場弁護士を紹介し、同年七月一日、山口は同弁護士にこれまでの経緯を話して相談した。山口は、同弁護士から、助人等に対する債権の有無を調査すること、被告人との会話を録音テープに取ったほうがいいことなどのアドバイスを受け、それ以後の被告人との電話での会話内容を録音するようになった。また、同月の終わりころから八月中旬ころまでの間に、被告人が持参した企画書に記載された広告主とされる会社名が実在する会社名と異なっており、しかも、佐川グループと新橋通信又は総合企画との取引事実がないことも判明した。

(8) 山口は、同年七月一八日ころ、新野とともに被告人に会い、被告人から状況を説明してもらった。その際、被告人は、新野が被告人からの説明に基づいて作成した新橋通信の佐川関連企業に対する債権額、この売掛金について和解調停が進行中であること、進行中の和解調停額等を記載した文書に、自ら、「本多先生より聞いている事です。」との注記を付した上で、署名押印した。

(9) 被告人は、実在する株式会社助人の佐藤社長に融資するため、山口と相談して折込広告下請けの形をとって融資の仲介をしたと供述しているとのことだが、山口は、平成八年八月二二日ころに佐藤と会った際、佐藤から、自動販売機の設置場所を探すために二か月間被告人を使ったことはあるが、融資に関する話については断ったとの説明を受けている。また、新橋通信の当座貸越枠が三五〇〇万円になったのは平成五年からであり、取引実績を積んで当座預金の信用枠を広げるために被告人と架空の折込広告に関する請負契約を仕組んだということもない。

(10) 被告人は、山口に対して嘘をついていたにもかかわらず、外部では山口の悪口を言い、金は返済しないことから、被告人を告訴することにした。

2  また、山口からの相談を受け、被告人との交渉をした新野哲也は、要旨、以下のとおり供述する。

山口とは、二二、三年前からの知り合いである。平成八年の春ころ、山口から、被告人の仲介で佐川急便本体とその系列会社の人事募集をする広告を出したが、社内のトラブルで支払が遅れているという話を聞いた。新野は、佐川急便に関する本を書いたこともあるが、佐川急便は支払にだらしないことをする会社ではないので、被告人が何らかの操作をしているのではないかと考え、その旨を山口に伝えたが、山口は、佐川側の事情で支払が延びているのであって、被告人が中で操作しているはずはないと言っていた。そこで、新野の方から被告人に会わせてほしいと依頼し、山口とともに二回被告人と会って話をした。一回目のときは、被告人は、助人の佐藤が金を横取りしたということでもめており、支払が遅れているが、すでに、佐川側は手形を切って供託しており、弁護士と掛け合って供託を解いてもらうように話していると説明していた。担当弁護士や担当者の氏名等具体的なことについては後日知らせるということであったが、被告人からの連絡がなかったので、同年七月一八日に、山口とともに被告人と会った。この時は、被告人から、佐川急便側が佐藤を背任で訴えたことから、被告人も京都地検で取調べを受けたことや、広告代金の支払については、佐川側が手形を供託をしており、被告人が本多弁護士に依頼して佐川側と折衝しているとの説明を受けた。その際、新野が、被告人から聞いた話をもとに、新橋通信の佐川関連企業に対する債権額、この売掛金について本多弁護士が関与して和解調停が進行中であること、その和解調停額を確認する書面を作り、被告人に署名を求めたところ、被告人は、自ら「本多先生より聞いてる事です。」と付け加えた上で、署名押印した。その後、本多弁護士に問い合わせたところ、依頼者ではないということで一方的に電話を切られた。また、株式会社助人に電話をして新橋通信名義で買掛金未払費用の計上があるか否かを確認したが、同月二五日ころ、佐川急便関連会社をすべて調べたが新橋通信という買掛金未払費用の計上はないとの返事を得た。この話を山口にしたが、山口は、まだ半信半疑の様子だった。なお、被告人と会った際、被告人から、山口と佐川側との取引は架空のもので、山口の商売の実績を作るために行ったものだという話は出なかった。

3  これに対し、被告人は、本件に至る経緯、その後の交渉経緯等について、要旨、以下のとおり供述する。

(1) 被告人は、昭和六三年ころから、個人的に金融を行っており、新橋通信あるいは山口との間でも貸借があったし、新橋通信から、手形割引という形で資金調達もしていた。新橋通信から資金調達するときには、広告業界の利益が一八パーセント程度なので一八パーセント程度の利益を要求されていた。山口の方では、一八パーセントの利益さえ確保できればよいということで、被告人の融資先がどこかを聞くことはなかったが、新橋通信では金融業を行っていないので、折込広告請負の形を取り、広告の企画書と請求書を用意してくれといわれていた。昭和六二年ころから、新橋通信との間で手形の割引を行っていたが、その際も、総合企画と新橋通信との間に取引がないのに、取引があるような書類を作成して手形割引を行っていた。この取引では、被告人は山口に対して割引料を支払っていたほか、山口の要求で、手形が不渡りになった際の保証料を支払っており、保証金の額は約九六三万円になる。この保証金は、被告人が山口から返済してもらえるものである。平成三年一〇月に割引の依頼をした手形が不渡りになったことから、手形割引の取引は終了した。その後、被告人は山口に対して保証金の返還を求めたが、山口は保証金を返してくれず、次の機会に資金を回すので、それで利益を上げて清算すると言っていた。

(2) 平成五年四月ころ、山口から、資金は新橋通信が持つから、総合企画の方で仕事又は金融先その他を探して儲け、それで保証金を清算するという提案があった。山口の話では、新橋通信としては、被告人に渡した金額に一八パーセントの利益を上乗せして返してもらえればよく、その一八パーセントのうち一〇パーセントを新橋通信の取り分とし、残りは被告人が取っていいということであり、ただ、手形割引のときと同様に、架空会社名で架空の折込広告の依頼があったことにし、架空の企画書と請求書を作成してほしいということだった。当時、被告人は、株式会社助人の佐藤社長から融資の申込みを受けていたことから、この融資の話を新橋通信につなごうと考え、被告人が佐藤から預かっていた株式会社助人の決算書のコピー、税務報告書のコピー等を見せ、資金の借入先として説明した。助人運輸管理以外にも、架空の会社名が出てくるが、これは、新橋通信にあった佐川急便の社内報のような印刷物を参考に決めた。実際に、山口から受け取った小切手は、株式会社助人や被告人の知人、その紹介による会社等に融資した。株式会社助人に対しては、平成五年六月ころから一二月ころまで(捜査段階では、平成六年三月ころまで)、週に二回程度、一回あたり四〇万円から五〇万円、多いときは二五〇万円程度を貸しており、総額は五〇〇〇万円程度になる。金を貸した都度領収書代わりに小切手を受け取り、返済を受けると小切手を返還していたが、この取引については、すべて貸金を回収している。被告人は、約束通り、山口から受け取った額に一八パーセントを上乗せし、企画書に記載された会社名で新橋通信の口座に振込入金をしていたが、山口は、以前の手形の保証金も清算してくれず、また、被告人の取り分である八パーセントについても後日清算するとして支払ってくれないことから、平成六年一〇月三一日以降、新橋通信の口座に広告代金の振り込みをするのをやめた。したがって、企画書の内容が架空のものであることは山口も知っていることであり、被告人には、山口を騙すつもりなど毛頭ない。

(3) その後も、山口に対し、保証金や後日清算の手数料について請求したが、ずるずると延ばされた。その後、新野とも会ったが、山口は、新野に対して本当のことを話していなかったようで、被告人自身としては、山口との約束もあり、経営の問題なので余計なことをしゃべらずに新野の言い分を聞いているだけであったが、新野から脅されて新野が作成したメモに署名をさせられた。そうこうするうちに、詐欺で告訴をされた。

三  裁判所の判断

1  山口の供述の信用性

(1) 弁護人も主張するように、山口は、昭和六二年四月ころから平成三年一〇月ころまでの間、被告人が持ち込んだ手形を割り引く際、実際には、被告人や持ち込まれた手形の振出先との間に取引がないにもかかわらず、新橋通信と被告人あるいは手形の振出先との間に取引があるような形を取り、請求書等を作成していたことが認められるのであるから、類似の外形を取る本件詐欺に関する山口の供述の信用性については慎重に検討する必要がある。

(2) そこで、検討するに、山口は、被告人と取引を開始した経緯、内容、広告代金が支払われなくなってから以降の被告人との交渉状況等について、具体的かつ詳細に供述している。そして、被告人が山口に交付した企画書は内容虚偽のものであり、記載された会社名も架空のものであることからも、右供述は裏付けられている。特に、本件に関する平成六年八月一〇日付けの企画書には、山口の筆跡で、「助人負担分 一、二七五、〇〇〇 この分のみ八月請求 九月末日払い」との記載が、同年九月一三日付け企画書にも、同様に「助人負担分 一、二七五、〇〇〇 九月請求 一〇月末日払い」との記載が、同年一〇月一四日付けの企画書には、山口の筆跡で、助人、いわき、東海、東日本各社の負担金の金額の記載が、同月二七日付けの企画書には、広告代金の支払先が助人である旨の記載がそれぞれあるところ、これらの記載は、いずれも実際の折込広告取引を前提とする記載と考えるのが自然であることからも、山口の供述は裏付けられている。また、山口が、被告人から、佐川急便の引っ越し営業に関する広告や、企画書に広告主と記載されている助人、東日本運輸、いわき貨物、東海運輸の所在地を記載したメモを受け取っていることも、その供述の信用性を裏付けるものといえよう。

(3) さらに、山口の供述は、山口が弁護士のアドバイスにより録音した被告人との電話での会話内容における被告人の説明によっても裏付けられている。すなわち、この録音テープの内容は、被告人が特段の作為なく話している内容であり、被告人自身も、山口と電話をするときには特に気を付けていたことはなく、通常の取引も裏取引も全部話していたと供述しているところ、その内容は、平成八年七月から八月にかけて、山口が被告人に対し、早く佐川側から広告代金を支払ってもらえるようにと催促したり、被告人から山口に対し、裁判、和解、強制執行等の進行状況や本多弁護士との交渉状況等を報告するものであって、被告人の弁解とは異なり、被告人から欺罔された以後の状況に関する山口の供述にまさに符号する内容となっているのである(なお、弁護人は、右録音テープについて、違法収集証拠であって証拠能力を欠き、また、録音テープは人為的操作が加えられる危険性も高く、証拠としての関連性も疑わしい上、録音テープといえども伝聞証拠に当たると主張する。しかしながら、人為的操作がなされるという点に関しては、山口は、会話をすべて録音していたと供述しており、何ら作為を窺わせる点はなく、また、新橋通信が総合企画に対して支払うべき債務を負っていることなど山口に不利な点も録音されていることから、山口が人為的操作をしたとは認められず、関連性は優にこれを認めることができる。また、伝聞証拠に該当するとの点についても、伝聞法則は、人間の知覚・記憶・表現の過程に誤謬が入り込む危険性があるという点から証拠能力を制限するものであって、機械的に音声を記録する録音テープは伝聞証拠に該当せず、編集等の問題は、関連性の問題と解すべきである。さらに、本件録音テープは、被告人の述べる広告代金が支払われない理由について山口が疑問を持ち、弁護士に相談したところ録音を指示されたため録音したものであって、後日トラブルに至った場合の証拠とすべく自衛行為の一環として行われたものであり、また、会話の内容も、本件で問題となる佐川急便関連の会社に対する債権の回収に関し、裁判や和解、強制執行等の進行等について、従前からの説明内容と同じ説明を繰り返し行っているものにすぎず、新たに犯罪行為を誘発したというものでもないから、電話での会話内容の録音が違法とされるいわれはない。したがって、本件録音テープの証拠能力も優に認めることができる。)。

(4) 加えて、新野は、山口の供述に沿う供述をしているところ、新野の供述は、具体的かつ詳細であり、被告人との会話の中には穏当を欠く言動があったことも含めて経緯を説明していること、その供述内容は、被告人が署名押印した新野宛の文書や前記録音テープにおける被告人の説明によって裏付けられていることなどから、十分信用することができる。そして、新野の供述や、被告人作成の新野宛の文書によっても、、山口の供述は裏付けられている。

(5) 以上の諸点に照らすと、実際に助人運輸管理等の会社が広告主として存在し、これらの会社から新橋通信が折込広告の依頼を受け、後日、これらの広告主から広告代金が振込入金されると信じ、その下請代金として被告人に対して新橋通信振り出しの小切手を渡していた旨の山口の供述は、十分信用できるというべきである。

なお、弁護人は、新聞販売店は、二、三日前に現金で広告実施料を受け取らなければ折込広告を実施しないのが通常であり、山口も、この点は認識していたにもかかわらず、被告人の持ち込んだ企画書による折込広告の実施日と小切手の振出日が切迫していたり、折込広告実施日以後に小切手が振り出されているものもあることから、山口の供述は信用できないと主張する。しかしながら、山口は、被告人を折込広告のプロとして信頼していたことからすれば、被告人が間に合うということで取りに来ていたのでおかしいとは思わなかった旨、また、被告人が先払いしていることもあるかと思った旨の山口の供述も不自然とまではいえず、この点は、山口の供述の信用性を左右するものではない。また、弁護人も主張するように、被害後の山口の行動には迂遠なものもあるが、被告人の山口に対する電話での会話内容等からすれば、被告人は、山口に対して虚偽の説明を繰り返して引き延ばしを図っていたと認められるのであり、この点も、山口の供述の信用性に影響を及ぼすものではない。

2  被告人の供述の信用性

これに対し、被告人の供述は、<1>架空折込広告を装った融資を始めた動機につき、逮捕直後は、山口から新橋通信で広告の仕事はないか、資金援助するなどと持ちかけられ、当時、株式会社助人の佐藤から融資を依頼されていたことから、この融資の話を新橋通信につなごうと考えたと供述していたのに(乙二、三)、その後、架空の広告取引を通じて新橋通信の売上実績を上げ、銀行を信用させて新橋通信の融資枠を広げさせるため、あるいは、新橋通信の黒字取引の実績を残して、金融機関に対する手形割引管理のために協力してくれという話が出たからであると供述し(乙四、五)、公判廷においては、新橋通信が資金を持つから、以前にしていた手形割引のように新橋通信の資金を運用して金儲けをしよう、総合企画が仕事又は融資先を探してくれとの提案を受けて行い始めたと供述するなど、その供述を変遷させていること、<2>被告人は、当初、新橋通信から振り出された小切手を換金し、その金を株式会社助人や被告人の知人、知人の紹介による会社等に融資していたと供述していたものの、その後、山口から受け取った小切手とは別に手持ちの現金があり、そこから株式会社助人に対する融資をしていたと供述を変遷させているほか、同社に対する融資時期、融資回数、山口に対し、融資先を全て説明したか否かなどといった点についても、捜査段階の供述と公判段階の供述では齟齬を来していること、<3>株式会社助人の代表取締役であった佐藤さかゑは、被告人から融資を受けたことを否定しているところ、関係証拠によれば、被告人は、企画書を持参して折込広告下請代金名目で新橋通信の小切手を受け取るようになった平成五年六月ころから、すでに、受け取った小切手の一部を自己の用途に充てるとともに、その大半をさくら銀行柏支店の総合企画の口座に入金し、同年七月以降、芝信用金庫本店の新橋通信の口座に助人運輸管理等、企画書で広告主とされた会社名義での広告代金の振込入金がある日とほぼ同じ日に、振込入金額にほぼ見合う金額を引き出しているにすぎず、新橋通信から受け取った資金を運用した形跡は窺われないこと、<4>関係証拠によれば、本件で問題となる別紙犯罪事実一覧表記載の各小切手についても、同様に運用した形跡は窺われないこと、<5>右小切手に関する支払を行わなかった理由について、被告人は、山口が先の手形割引に関する取引の際清算する必要のあった保証金を清算しないばかりか、被告人が受け取ることになっている八パーセント分の利益も支払わなかったことから、いわば、実力行使として支払を停止したと供述するものの、被告人は、その時点で、債権債務の額等を計算した上、相殺するなどして清算するなどの行為に出ていないこと、<6>本件後の山口との交渉経緯についても、第五回公判期日において、被告人は、山口に対して清算を求めていたのであって、山口が供述するような説明など行っておらず、山口の供述は、別の機会に別の用件で被告人が山口に話した内容を山口が混同して供述しているものであり、助人等に対する広告代金請求について本多弁護士に依頼したと説明したこともないと供述していたが、山口が録音していた被告人の電話での説明は、むしろ山口の説明に沿うものであって、被告人の右説明とは全く異なるものであること(なお、被告人は、第一二回公判期日において、立場が逆転しているので、言い訳としてテープに録音された内容を話したかもしれないと供述するに至っている。)など、被告人の供述は、他の証拠に反する上、それ自体不自然不合理なものであって、信用性に乏しいといわなければならない。

3  以上のとおり、山口の供述は、十分に信用することができるのであり、山口の供述を中心に関係証拠を総合すれば、被告人は、実際には広告主が架空の会社であって実在せず、また、広告主から折込広告に依頼もないのに、助人運輸管理等の会社から折込広告を請け負った旨の企画書を山口に提示し、山口は、助人運輸管理等の広告主が存在し、それらの広告主から新橋通信が折込広告の依頼を受け、後日、広告主である助人運輸管理等から広告代金が振込入金されるものと誤信して、被告人に対し、折込広告下請代金として新橋通信振り出しの小切手を交付したこと、被告人は、右小切手を受け取り、一部を自ら費消するほか、残りをさくら銀行柏支店の総合企画名義の口座あるいは千葉銀行行徳支店の被告人名義の口座に入金していたことが認められるのであり、右事実関係に照らせば、被告人の不法領得の意思も認められるから、判示の詐欺の事実は優にこれを認めることができる。

(法令の適用)

罰条      平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法(以下、「改正前の刑法」という。)二四六条一項(別紙犯罪事実一覧表の番号ごと)

併合罪の処理  改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い別紙犯罪事実一覧表番号二の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数  改正前の刑法二一条(一二〇日算入)

訴訟費用    刑事訴訟法一八一条一項ただし書(不負担)

(量刑理由)

本件は、判示のとおり、架空の広告下請代金名下に被害者から小切手一四通を騙し取ったという事案である。

被告人は、被害者に対し、広告主の売上表等の内部資料を見せたり、企画書を作成して交付するなどし、被害者に真に広告主が存在するかのように誤信させるとともに、請求書等の書類は被告人が預かり、広告主との交渉は一切被告人が受け持つこととし、被害者が広告代金の入金がないことについて被告人に問い合わせた際も、広告主である会社内部でトラブルがあり、裁判になっているなどと虚偽の事実を説明して犯行が発覚しないようにしており、その手口は計画的かつ巧妙である。しかも、同種の犯行を繰り返すうちに本件各犯行に至っていることからすると、本件は、常習的な犯行でもある。本件による被害も小切手額面合計が五〇〇〇万円余と多額であり、実質的な被害も二〇〇〇万円を超えるなど、その結果も重大である。しかも、被告人は、不合理な弁解を繰り返しており、反省の態度は窺われない。以上からすると、犯情は悪質である。

しかし、額については争いがあるものの、被告人にも山口に対する債権が相当額存在すると思われること、被告人には、一七年以上前に詐欺の前科があるだけで、以後は大過なく生活してきていたこと、被告人は高齢であることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、これら被告人に有利不利な事情を総合考慮し、主文の刑を量定した。

(求刑 懲役二年)

(別紙) 犯罪事実一覧表

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